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まこと

Author:まこと
06年ホノルルで初フル
1961大阪市生まれ
大阪府茨木市在住
スキーとトライアスロンと甘いものが好きです
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[2016神戸マラソン]

てっちゃん 走るぞ

最後に自分の体をゴールに運んでくれたのは、そんな思いだった。


今年の神戸マラソン。スタート時のコンディションは、
気温18℃、湿度90%。
スタートして、元町でラン・ウォークのラン友の応援部隊から声援を受けながら走っていると、3kも走らないうちに汗が流れ始めた。まわりのランナーも汗でTシャツが透け始めている。
これは条件が悪いと思って、設定ペースよりも下げることにした。

今日の自分のスローガンは
「神戸マラソンを怖がれ」。
早い話が、なめるな、過信するなということ。

ところが、元町、長田、須磨と、抑えて走っていたつもりが、設定ペース通りに刻んでしまっていた。
須磨を過ぎたあたりでハッシーの応援を受け、「次35です!」と言われた。
そっか、35k地点でもいい走りを見せられるように頑張らなくちゃ。

塩屋ではヨメが待っていた。
神戸で生まれ育ったヨメは人一倍神戸マラソンに思い入れがあるけど、今年は抽選で外れたので応援に回ってくれた。
塩屋でヨメから掛けられた言葉は
「頑張れーっ!」ではなく「落ち着いて!」。
それで落ち着けた。

気持は前に行っても体は前に行かさず、省エネランを心がけた。
しばらくするとラン・ウォークの応援部隊が移動してきていた。

その先、明石ではアンジェラとはすきぃちゃんが待っていた。
え〜!応援に来るって聞いてなかったのに、明石まで来てくれたんだ。感動・・・。
その他にも「舞子で待ってます」とか「マリンピアの辺りで応援してます」というメッセージももらっていた。

これだけ応援を受けると、失速できない条件が揃ったって感じ。

明石海峡大橋を折り返しても脚は90%くらい残っているように思えた。
塩屋でまたラン・ウォーク部隊とヨメから声が掛かる。

この辺りではまだ余裕があって、「マラソンっていいなー。たくさんの人が沿道から応援してくれて、吹奏楽団の演奏やサンバの踊りでランナーを楽しませてくれて」なんて思っていた。

須磨を過ぎたあたりではぐっさん。
和田岬の近くではエリさん。
中央市場の近くではアンジェラとはすきぃちゃんが移動してきていて、その時は疲れてきていたんだけど、かなり長い距離を並走してくれた。
35k付近ではハッシー、そしてイマコちゃん。

そしていよいよ浜手バイパスから神戸大橋への上り坂。
過去2回はここで足が攣って何度も立ち止まっていたけど、今日は走れた。疲れていたし、ところどころ筋肉にピクピクと変な感じはあったけど、足はまだ動いていた。

けっこう長い神戸大橋を渡り切った残り4kのところに、ラン・ウォークの部隊が移動してきていて、みんなでスクワットをしながら力一杯応援してくれた。
でもその前を通った時、いつの間にか両足のふくらはぎが攣っていた。

足は攣っているけど気持は切れていないぞ。
逆に言うと、気持は切れていないけど足は攣っている。
ロボットのような動きになって失速し始めた。
ここからはキロ4分40秒くらいで走る予定だったのに、30秒以上落ちていた。



実は今回のレースにはちょっとした思いを持って臨んでいた。
1年前、がんで逝ってしまったために大阪マラソンを走れなかった仲間の写真をゼッケンに貼って走った。
彼がスポーツマンだというのは知っていたけど、ランナーだとは聞いていなかった。
どうしてフルマラソンに出ようとしたのか、どんなことを考えて練習をしていたのか、今となっては聞く事もできないし、想像しても本当の事は分からない。

でも、俺は今、彼と一緒に走っている。
そして、彼にみっともない走りを見せたくなくて今まで練習してきた。

最後の角を曲がると、遠くにポートピアホテルが見えた。

てっちゃん 走るぞ

心の中でそう言って、ゴールに向かって走った。
脚は攣っているけど、スピードは上がった。ゴールまで持ってくれと願いながら最後の800mくらいを必死で走った。

ゴールタイムは3時間30分20秒。
目標の3時間半切りはできなかったけど、気持ちとしてはある程度満足、少し残念。


レース前日に投げかけた
「神戸マラソンの撃沈パターンを知り尽くしていることは強みになるのか。
それともたった1ヵ月半の練習で完走できるほどマラソンは甘くないのか。」
という問いかけは、結果としては両方だったと思う。

ある程度満足して終わるのか、マラソンに再チャレンジするのか、これからの事は分からない。


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[あぁ神戸マラソン]

4時間を切ったことがない神戸マラソン。

神戸大橋を立ち止まらずに渡ったことがない神戸マラソン。

ヨメより先にゴールしたことがない神戸マラソン。



神戸マラソンの撃沈パターンを知り尽くしていることは強みになるのか。

それともたった1ヵ月半の練習で完走できるほどマラソンは甘くないのか。

あした、ここへ入ってくる時、自分はどんな状態になってるんだろう。

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ま、とにかくあした大切なのは、頭が真っ白になってペース配分を忘れない事と、リレーフォーライフの時のように、終わったうれしさで飲み過ぎて財布を落とさない事。


という心配もさることながら、仕事がめちゃ混みなので
マラソンエキスポの後は事務所に行って仕事。

おっとその前に好日山荘の閉店セールで爆買い。
あ忙し。

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[京都で15kレース]

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第一回 美山・里山ファンマラソン+(プラス)。
プラスというのは、レース後にランニングクリニックや走り幅跳びの記録会や屋台村など、レース以外でも1日楽しく過ごしてもらおうということらしい。

スタートの招集近くになって会場へ来るまでのトンネルで正面衝突が起きたらしく、通行止めのために遅れる参加者が多いということで、スタートが30分ずれた。
それ以外にも受付や大会の規模、距離表示のないコース、完走証の発行のゆっくりさなど、どれをとってもユル〜イ感じの、なんとも心地いい大会だった。(コース以外は)

ゴールしたら、美山に住んでいる妹と姪っ子が待っていてくれた。
妹が言うには、もうしばらくしたら山の紅葉がぐっと進むらしい。

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ゲストは陸上の朝原宣治さんとシンクロの奥野史子さんという
オリンピックメダリスト夫婦。

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ゴール後は美山の新米を食べさせてくれたり、その他にも美味しそうな屋台がいっぱい。

シシ汁
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美山の新米と美山の卵でいただきました
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美山ミルクのクリームシチューもおいしかったです
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鹿肉のソーセージ
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米粉のワッフル
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他にもおいしそうなものイロイロ
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で、レースはというと、
今回はこの2人で15kの部に参加。

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コースの標高差は40m。40mってたいしたことないと思っていたけど、フラットな部分はほとんどなく、けっこうタフなコースだった。あまり練習せずに参加した人にはかなりキツいコースだと思う。

15kの結果は、1時間8分55秒。(自分の時計でAv 4'31)
スタート前は、のっさんから5分遅れかな、10分遅れかなと話していたけど、結果は2分弱の遅れでゴールできた。
うれしかったのは、最初から最後までしっかり走れたこと。
それと、前半の5kくらいは何人かの選手に抜かれたものの、後半の10kほどは一人も抜かれず、逆にけっこうな人数を抜きながら走れたこと。
特にアップダウンの多い道で練習してきた効果は抜群で、上り坂になるたびに前の選手と距離が縮まった。

とりあえず、15kのレースならちゃんと完走できることは分かったぞ。
って、1週間後に42kなんだけど。

法隆寺ハーフ

今は夜に走ることが難しく、ランニングはたまの朝ランが頼りで、1月の走行距離はたった60k、今月も10日間で50k。
体重は増えたまま。
はたしてこれでハーフマラソンを走れるのか。

11日の建国記念日は、いかるがの里・法隆寺ハーフマラソン。

それにしても、ええ天気です。
こんな日はマラソン大会に出ても、山歩きをしても、ゲレンデで滑っても、庭いじりをしても、きっと何をしても気持ちいい。


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12時ちょうどにスタートすると、聞いていたとおり道幅は狭く曲がり角が多い。
ちょっと走ったらコーナー。またちょっと走ったらコーナー。
あとは、前半にゆるい上り下りがいくつもある。途中で後ろの選手が「下りいらんから上りやめてくれ~」と叫びながら走っていた。

たいした走りはできないだろうから、今日のプランとしては、前半は楽に走って、8キロから15キロくらいを頑張ろう、最後の6キロは気持ちで走れるだろう・・・1時間45分切れたらいいな~、今は無理かな~・・・って感じ。

その8キロ地点を過ぎ、少しペースアップを意識して走っていると、沿道からつばっちゃんの声が掛かった。
お、こんな所にいてくれたのか。おかげでクッとまたペースが上がった気が。

ここしばらくは10キロ以上走ったことがないのに、10キロを過ぎても元気だった。
意外と走れるやん俺、ってなんだか不思議な感じ。
30mくらい前のランナーを目標にして、追い抜いたらまた30m先に目標を定める。そのランナーを追い抜いたらまた30m先の目標に向かって。そんな繰り返しをしながら走った。
天気もいいし気温もちょうどいいので走っていて気持ちいい。
13キロを過ぎたところで、またつばっちゃんがいた。ホント絶妙のポイントで声を掛けてくれるな。おかげでその後も集中力は途切れず。

何キロもの間、すぐ後ろからずっと同じ足音が聞こえていたので、後ろの選手が俺をペースメーカーにして走っているのかもしれない。もしそうだとしたら責任を持って走らなきゃ。そんな事を考えながら15キロを過ぎてもしっかり走った。
両脇に松葉杖を挟んで立っている人がいた。友達か家族が出ているのか、怪我をして出場できなくなったのか、理由はわからないけどそんな状態のままコース上でランナーを見守っているかのような目がうれしくて、思わず「ありがとうございます」とお礼を言った。

残り3キロとなってきて、さらにペースが上がる。すぐ後ろの足音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
残り2キロを過ぎてしばらく走ったあたりで、沿道の女性が「1時間30分~!!」と大声で言った。
え?まだ1時間30分?ホンマに?
そんなん、余裕で40分切れるやん。よっしゃ、もっとペース上げよーっと。こんなタイミングでつばっちゃんがいてくれたら気合い入るのになー。
すると残り1キロを切ったところで赤いダウンのつばっちゃんが居た。うおおお、気合い入るなー!最後のカツをもらい、全力でゴール目指して走った。

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複雑にコーナーを右に左に曲がってゴールしたら、
オドロキモモノキ1時間36分台。
そのタイムに一番驚いたのは自分自身。ゴール後は足が攣りまくりだったけど、今の練習量と今の体重でもこれくらい走れるのか。
普段から地道に練習しているヨメに「なんか腹立ってきた」と言われた。

初めて出た大会だったけど、いい大会でした。
曲がり角は多いけどその割に走りやすいし。
豚汁は無料だし。

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タコ焼きは100円だし。しかも美味しかったし。
ぜんざいもあるし。

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一緒に走った皆さん、お疲れさまでした。

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「天空マラソン後」

で、天空マラソンの後は幸い風邪をひくこともなく、
まるでスイッチが入ったかのように練習している。

それは、レースが近いというのもあるけど、金曜日の結婚記念日と土・日の乗鞍で、料理・スイーツ・アルコールを摂り過ぎて3キロ増えてしまったので、こりゃなんとかしないとヤバイというのがシリアスな理由。

月曜日:バイク&ラン
火曜日:バイク&バイク
水曜日:バイク&ラン
木曜日:ラン&スイム

毎日2部練をしたら、さすがに3キロ減った。


そして今夜は、その乗鞍天空マラソンのボランティア・スタッフの打ち上げ。


同時に、今もこうしてラン・ウォークスタイルの練習会に混じって走っている自分にとっては、大切な人の命日。

「ラン&ウォークin乗鞍」の会場から、電車の中で自分たちのなれ初めからを泣きながら話す店長の話を聞きながら病院へ駆けつけて早7年。

今日もみんなで冗談を言い合ったり笑ったりしながらも、今、自分たちが生きていること、暮らしていること、働いていること、身体を動かしていることが、実はとても幸せなことなんだということを感じながら過ごした。

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「第10回乗鞍天空マラソン」

乗鞍天空マラソンにスタッフとして今年も参加してきました。
今回は第10回の記念大会だけど、天気は雨・・・。
去年も走った人は2年続きの雨にテンションが下がったかもしれない。

当日の朝、6時半に集合して、ミーティングをし、「悪天候が予想されるため、スタッフ自身も体調が悪くなったら決して無理はしないように」という注意を受けてそれぞれの持ち場へ移動。

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自分の持ち場は去年と同じく、折り返し地点の大雪渓エイド。
テントを立て、長テーブルを並べ、煮物やご飯を用意し、地元のおじさんを含めて約20人のスタッフがテキパキと準備をした。
飲み物の段ボールを運ぶ、プロパンガスにホースをつないで火をおこす、煮物やご飯を温める、きゅうり、わらび餅を並べる、大量のバナナを切る、気温が下がった時のためにスポーツドリンクを温める、ご飯にふりかけを掛ける・・・選手が上がって来るまでに準備することは山ほどある。

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ランナーが身体を冷やしてガタガタ震えていた去年の経験から、地元のおじさんが手を温めるための「足湯」ならぬ「腕湯」を用意してくれた。選手の立場に立って考えたこういうアイデア、いいなー。

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準備が整うと雨が降り出した。
スタート時間を過ぎて少しした頃、大会プロデューサーのOraoさんが現場の状況を見に来て、
「スタート地点は雨が降っていなかったために軽装の選手が多い。このままここ(2700m地点)に上がって来たら低体温症を起こす可能性もあるので大会のコースを短縮する」ことを決断。

「ええ〜?せっかく準備したのに〜!」と言う者などおらず、次の瞬間には「撤収するぞー!」という空気に変わり、全員が撤収に向けて一斉に動き出した。
そのスピードの速かったこと。

山ほどあったご飯やおかずをトラックに分けて積み込み、大量の段ボールをバケツリレーで運び、10本くらいのテーブルは一瞬でなくなり、いくつもあったコンロやプロパンガスも片付け、トラックにシートを掛けてロープで縛って完了。
あっという間に何事もなかったかのような場所に戻った。


そして本来の折り返し地点から4.5km下った位ケ原エイドに合流し、
そこでもう一度セッティングをして食べ物エイドを併設した。

イレギュラーな状況でも、戸惑わず迅速に対応ができる。自分が言うのも変だけど、
この大会のスタッフのレベルは低くない。

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雨の中をぞくぞくとランナーが上がって来る。
雨の中で飲み物を渡す人、エイドの案内をする人、食べ物を手渡しする人、コンロをセットして煮物を温める人、選手をサポートするためにみんながするべきことを考えている。
折り返し地点が手前に移動したために大雪渓は見れないし(もし山頂まで行くことになっていれば体調と引き替えにしなければならなかったかもしれない)、こんなに雨も降っているし、なのに選手は大会を楽しんでいるみたいに見える。
エイドや折り返しの案内をしながら「写真も撮りますよー」と言うと大勢の人に撮影を頼まれ、その場を離れるタイミングがなくなったくらい。

11時になってからはゴールに向かって下りながら選手を応援。
上がって来る人にはエイドと折り返し地点の案内をし、下って来る人にはハイタッチをして盛り上げる。

もちろんそれは、悪天候の中で辛い走りをしているランナーを元気づけるためだったはず。なのに途中からは選手の走りに感動して「みなさーん!雨の中ナイスランでーす!」と何度も叫びながら、こっちがハイタッチをもらっている気分だった。

そして何人ものランナーが、

「元気出るわー」

「応援のほうこそお疲れさま」

「雨の中ありがとう」

「風邪ひかないように」

とねぎらってくれる。
冷たい雨で身体が冷えているはずなのに、スタッフに気遣いながら走って行く。
なんなんだ、この人たちは。なんでそんなに笑って応えてくれるんだろう。
その姿を見ていて、「自分たちの力で大会を・・・」なんて思っていたことに対していろんなことを考えさせられた。

大会が始まるまでは
「選手が笑顔でゴールできるように全力でサポートするぞ」「きちんと自分の責任を果たすぞ」「天気は悪いけど選手にはいい気分で帰ってもらうぞ」
と意気込んでいたけど、
大会はスタッフが支えているんじゃない、選手によって支えられているんだということを教えられた一日だった。

そんな素晴らしい選手たちが乗鞍の大自然を十分に味わえるよう、来年はスカッと晴れますように。

今の気持ちを忘れないために書いておこう

初ウルトラから3日が経っても、余韻が残っているのでふとした時に当日のことを思い出す。
でもそれは、しんどかったことや頑張ったことではなく(実際、苦しかったことはもう忘れているし、頑張ったという記憶も薄れている)、思い出すのは“いろんな人の力を借りたよな”ということばかり。

事前にメールや直筆でもらっていたメッセージは、バスの中やホテルで何度か読み返しておいた。
(最近は自分の記憶力を信用していないので、何度も読まないと覚えられない)
レースが始まったら時間はたっぷりあるので、そのメッセージをひとつずつゆっくり思い出すことができたし、それのおかげで気持ちをずっとポジティブに保つことができた。

実はレース前は、辛くなったら何かおまじないを言ってみるのもいいかと思っていた。
ちちんぷいぷい?
アブラカタブラ?
テクマクマヤコン?
エコエコアザラク?
ハハ・・・これで苦しみが消えたらネタになるわ。そんな軽い気持ちだった。
でも仲間の心からの言葉って、どんな呪文よりも魔法をかけてくれた。


現場では応援部隊の3人に力いっぱい見送られてスタートし、その次に仲間に会ったのは19kの関門地点。
そこにいた3人を見た時は、“東京でばったり大阪の友達に会った”みたいな驚きと喜びがあったけど、次の瞬間には、(自分らよりも30分前にスタートしたのに、なんでこの時間にここに居るん?)という?・?・?

「ちゃうんです」
(何がちゃうのん)
「私ら、トイレに並んでたら関門に引っかかったんですぅ」
(あ!ひとつ目の、あのトイレか)

「ということで、僕らの分も頑張ってください」
「私らの分も走ってください」
と笑いながら言ってたし、こっちも笑いながら聞いていた。

言葉というのは状況によって軽くなったり重くなったりするもので、
その言葉は後半になってから妙に力を帯びて蘇ってきた。
まるでスポ根マンガか映画で、試合が終わったあとに相手チームが「俺たちの分まで勝って、絶対優勝しろよな」と言うみたいな。
スポ根好きだからかもしれないけど、なんでもないその言葉が、痛くなった脚を前に進める力になっていた。

その次に仲間に会ったのは56kの関門。
そこでも、まるで戦場で(戦争に行ったことはないけど)同じ部隊にいた仲間に会えたみたいなうれしさ。

その子は「50キロで脚が痛くなって(←元々脚の痛みを抱えていた)、関門でダメだったんです」と言いながら、残念な気持ちをこちらに見せることもなく、
「これ、もらえるやつですからドロップバッグに入れときますね」
「食べもん取ってきましょか」
「飲みもんもらってきましょか」
「草餅食べます?」

まるでサポート部隊のように世話をして送り出してくれた。

そういう仲間の優しさって、ほんとにエネルギーに変わる。
そこにはいないけど、同じ日に桜道ネイチャーランを走っている仲間もいたので、それを考えるだけでもヨタっている背筋がしゃんとした。

サポート専属の3人にはスタート地点で見送ってもらったあとは63kのエイドで会えたけど、次に会うのはゴール近くだろうと思っていた。
というのは、それぞれのペースで走る30数名のメンバーをクルマで移動しながら待ち伏せたり追いかけたりしているのを沿道で見かけたし、ヨメと自分はその中で最後尾を走っていたので、我々のフォローをしていたら他の大半のメンバーに手が回らなくなるから。

ところが78kのエイドに近づいた時、応援隊が手を振っているのが見えた。
ええ〜〜〜???(他のメンバーはみんな別のポイントに向かって走ってるのに)オレらが来るのん待っててくれたん?
しばらくは誰にも会わずに走らないといけないと思っていたので、知ってる顔が見えた時はどれほどうれしかったか。しかも人数増えてるし。

そこで力をもらって20キロほど走ると、ゴール手前で今度は走り終わったメンバーも含めて大軍団が。
ゴール地点ではさらにたくさんの人数が待っていてくれた。



ウルトラマラソンは初体験なので、ゴールの向こうにどんな感動や達成感が待っているのか分からなかったけど、これだけの大所帯で参加するので、苦しい時にみんなが支え合いながらゴールを目指すんだろうなということは想像できていた。

「はい。じゃあ今からひとりで100キロ走ってきてください。ヨーイドン」と言われても、普通の人は走れない。肉体的なことよりも、気持ちが簡単にポキッと折れてしまうだろう。
自分が誰かを支えることはなかったけど、たくさんの人の気持ちは自分を強く支えてくれた。

今になって、ひとりひとりのゴールはみんなのゴールだったんだと、しみじみ思う。

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富士五湖100k

まだまだ先だと思っていたのに、やってきました、一生出ることはないと思っていた100キロマラソンの「チャレンジ富士五湖」。
土曜日の朝、30数名でバスに乗って大阪を出発し、富士山の麓についたのが夕方。

ホテルに入るとすぐにみんなで翌朝のレースの準備。
天気や気温や補給食のことを考え、まるで学生の下宿のように部屋を散らかしながら、人の準備をお手本にしたり、アドバイスをもらったり。

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とりあえず天気は悪くなさそうなので、
雨対策や寒さ対策は完全防備でなくても大丈夫そう。
準備ができたら次はお風呂だ。

うお〜!露天風呂から富士山がこんなに近くに。

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こりゃみんなで写真を撮らなきゃ。

↓ただの慰安旅行気分のおっさん達。
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テルマエ・ロマエIIIはこの人を主人公で。

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で、いよいよ大会当日。

2時に朝食を摂って3時過ぎにホテルを出発。
会場に着くと、まだ夜中だけどたくさんの選手で熱気はムンムン。
100キロ先まで走って行きたいと思っている人が世の中にこんなにいることが理解できない。

メンバーの大半は4時半スタートなので、「ゴールでー!!」と言いながらみんなをお見送り。

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いよいよ自分たちの番。
スタートの5時が近づいた頃はもう夜が明けていた。


  ↓5時の富士山
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  ↓5時のオレ
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ゲストの寛平ちゃんに見送られてスタートしたものの、
ヨメが時計のGPSのボタンを押し忘れていて、衛星の電波を拾うのに3分くらい立ち止まって時間をロス。
競技場を出た時にはダントツ最後尾になっていた。

ロング走の練習はしてきたけど、100kは初めてなので、無事に完走できるという確信もなく、「7時間走っても8時間走っても疲れない走りをしよう」とヨメに言いながらとにかくゆっくり進んだ。


  ↓7時の富士山
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  ↓7時のオレ
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山中湖は大きな湖で、桜もまだ残っていてすごく景色がきれい。
天気がいいので富士山も大きくはっきりと見える。
洒落た観光地って感じで、スポーツカーやオープンカー、3輪の大型バイクやサイドカーなど、クルマやバイクもおしゃれなのが走っている。
発売されたばかりのS660も走っていた。


仲間からもらったメッセージを頭の中で思い出しながら走る。

 “心で体で富士山の力を感じましょう”

 “きれいな空気をたくさん吸って、お山をたくさん見ながら楽しんでください”


  ↓9時の富士山
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  ↓9時のオレ
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沿道から「おはよーございまーす。がんばってくださーい」と声がかかる。
起きてから8時間くらい経っているので「おはようございます」と言われても違和感を感じるけど、そっか、まだ午前中なんだ。


 “ジャーニーランを楽しんでたらいつの間にかゴールだった。そんな楽しいRunになります様に”


うん、今日は日が暮れるまで楽しく走ろう。
終盤に足が止まってしまわないような走りをしよう。


  ↓11時の富士山
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  ↓11時のオレ
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それぞれ10分から15分くらいしか余裕がなかったものの、関門はひとつずつクリアしていけた。
気がつけばフルマラソンの距離も過ぎていた。


 “日本一の富士山を見ながら周りのみなさんと楽しく走れます様に。健闘を祈ります”


途中からヨメは痛めた膝が調子悪くなってきたらしく、ロキソニンを飲んで痛みを抑えていた。
予想外だったけど自分は60キロを過ぎても70キロを過ぎても脚は大丈夫だった。


 “走ってる時、ちょっとだけ辛かったり、ちょっとだけ痛かったりするかも・・だけどゴールしたら絶対にすべてが素敵なよい思い出になります”


山中湖、河口湖、西湖と過ぎると、帰ってくるランナーとすれ違えるコースがあって、続々と仲間が向こうからやってきた。みんなすごい元気な走りをしている。
エイドでもたくさんの仲間が応援のために待機してくれていたり、そういうのを見ると自然と元気が出て、疲れてきていた脚もしっかり動くようになってくるから不思議。


 “挑戦できるコト、仲間と共に走れるコトに幸せを感じながら走り抜けて来てください”


気がつけば10時間以上も走っていた。
あと20キロ、あと10キロ、すげー、こんなに走ったのは初めてだー。
と言いつつも、さすがに脚はあちこち痛く、ヨメと二人、数キロ走っては立ち止まってストレッチをし、また走り出すの繰り返し。
それでも前を走るヨメの脚と上半身は、80キロを越えてもよく動いていた。


 “景色の変化、心の変化、身体の変化、周りの応援の変化、色んな事を、アンテナを拡げて感じて考えてください”



  ↓5時の富士山
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  ↓5時のオレ
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  ↓5時のヨメ
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95キロの関門で写真を撮って、それを仲間のフェイスブックページに上げて自分たちがどこにいるのかを知らせようと思っていたら、そんな必要もなく大勢の仲間が関門で待っていた。感激。

そこでしばし休憩をとって、最後5キロの上り下りをこなして競技場に入っていったら、さっき関門にいた仲間が先回りして出迎えてくれていた。
「手ェつないでゴ〜ル〜!」と言われたので、言われたとおりのポーズでゴール。
ヨメと手をつないだのって何年ぶりだろ。

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ゴールに向かって走っている時には特別な感動はかなったけど、ゴール後にみんなが近くに来て声を掛けてくれたり、ハイタッチをしたり、握手をしたり、ハグをされたりしていると実感が湧いてきた。

自分は今まで100キロという距離を走ったことがなかったので、
後半は体中が痛くなって、最後まで走ったとしても、ひん死の状態で脚を引きずるようにしてゴールするのだと想像していた。

一方でウルトラを走ったことがある人の多くは
「フルマラソン1本よりも楽」と、意味の分からない事を言う。

はたしてどちらが正解なのか。
実際に走ってみてわかったことは、
ひん死の状態で脚を引きずりながら・・ではなかったけど、
「フル1本より楽かも・・・」と思っていたのは80kまでで、
やっぱりダメージはフルマラソンよりも大きかった。

もうひとつわかったことは、
練習の数カ月間とレースの十数時間を含めて、
たくさんの人が自分を100キロ先まで連れて行ってくれたということ。

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