にほんブログ村 その他スポーツブログ トライアスロンへ にほんブログ村 その他スポーツブログ ジョギング・マラソンへ
↑よろしければポチッと↑

プロフィール

まこと

Author:まこと
06年ホノルルで初フル
1961大阪市生まれ
大阪府茨木市在住
スキーとトライアスロンと甘いものが好きです
AB型
facebook

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

お気に入りのブログ

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

ドイツのクリスマス

2年前からずっと気になっていて、行こう行こうと思いながら
行っていなかったドイツのクリスマス。
今年もクリスマスが近づき、今日行かなければ行く日がないと思い、
朝から車検に出していた車を引き取り、食料品の買い出しや
スタッドレスへのタイヤ交換と忙しかったが、
さっさと用事を済ませて夕方から外出。

ドイツのクリスマスと言っても、ドイツへ行ったわけではなく、
行き先は、新梅田シティ。


101223german02.jpg

101223german03.jpg

101223german05.jpg

101223german07.jpg

最近は不景気だからか、繁華街でもクリスマスの雰囲気が少ないが、
その場所は別世界のようにクリスマスムードにあふれていた。

たくさんのカップルや家族がホットワインを飲んだり、
ジャーマンスープレックスじゃなくて、え~とジャーマンポテトや
ソーセージを食べたりしながら歩いている。
みんなの顔がとっても幸せそう。
日本人はクリスチャンじゃなくてもクリスマスを楽しむけど、
それはたぶん、自分を幸せな気分にしてくれる魔法のようなものに
かかりたいからじゃないのかな、って、そんなことをふと思った。

101223german04.jpg

101223german08.jpg

101223german01.jpg

クリスマスカードやオーナメント、リース、人形などの雑貨屋が並び、
メリーゴーランドが回り、巨大なツリーの下ではゴスペルのコンサートが
行われていた。
どんなところかわからないまま来たけど、期待以上の催しで、
人の多さ、イベントや物販の楽しさ、過ごした時間の長さなど、
どれも自分が考えていた以上だった。
いくつかのオブジェとドイツワインを2本買い、
今年はそんな気分じゃないけど来年は家にクリスマスツリーを飾りたいよな、
などとヨメと話していると、春から少しずつ、ツリーに飾る木彫りの
オーナメントを作ろうかな・・・などと思った。ひと晩寝たら
そんな気持ちも消えてしまっているかもしれないけど・・・。
でもいいのだ。いろんな夢を見るのがクリスマスだろうから。

取り引き先の忘年会でバッタリ

あと10日もすれば正月がやってくる。
1年のなんと速いことか。

今日は取り引き先の忘年会にお呼ばれした。
従業員30人ほどの制作会社に、我々取り引き先を含めて
50人ほどが集まった。

101222party01.jpg

101222party02.jpg

驚いたことにその会社で、高校時代に同級生だった子が働いていた。
当時その子は隣のクラスの子で、入学して1カ月ほどは同じクラブにいた。
初めてその子と知り合ったのは16歳。今も面影が残っているのがすごい。
しかし、世の中、狭っ!
というか、1カ月前に引っ越したビルは、
やっぱり人の縁を連れてくるビルだったんだ。そうに違いない。

久しぶりに走る

101221bike.jpg

日曜日、早起きをして淀川の河川敷を自転車で走ってきた。
ロードバイクで走るのってホント久しぶり。
久しぶりに乗るとセンサーの電池が切れていたみたいで、
再婚の、いやサイコンの液晶は「0」表示のまま動かないので
何キロ走ったのかもわからない。たぶん家の往復を含めて40キロくらい。
しかしこの季節、体が温まるまではめちゃくちゃ寒い。
今度、もっと暖かい冬用の手袋買いに行こ。

その日は家で留守番をしないといけなかったので、みなさんは引き続き
木津川方面へ走りに行ったけど、自分は早々に引き上げ、
家に帰ってからはチューリップの球根を植えたりした。

101221tulip.jpg

雑草や、土の中に残っている根っこを取り除き、腐葉土と牛糞を混ぜ、
一定の間隔で土に穴をあけ、球根をやさしく置いた。
たくさん植えたから、4月に咲くのが今から楽しみ。
あとはメダカの水槽の水を替えたり、観葉植物の植え替えをしたり、
日曜だからというわけじゃないけど日曜大工をしたり。
まあなんとものどかな日曜日。

101221green.jpg

101221daiku.jpg


月曜日は忙しかったので仕事だけで1日が終わり、
今日火曜日は、なぜか早く目が覚めたので久しぶりに朝ランに出た。

家の外へ出てみると、湿度が高いからか、気温が低いからか、
朝の町は霧の中に。

101221run.jpg

こんな中を走っていると、「ほっほっほっ」という息づかいこそしないけど
なんとなく堀口元気になったような気分。
そういえば昔、「がんばれ元気」の第2巻を何度も読んで、
読むたびに泣いたなぁ。

ランニングはどれくらい久しぶりかと言うと、
前回走ったのが神戸女子ハーフ・・・・あれ?1カ月前?
それにしても、(前にも書いたけど)久しぶりに走ると
どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。
とはいえ、次はいつ走るかわからないけど。

ダホーンだよーん

今までは仕事でママチャリを使っていたが、
引っ越してきた事務所では使いにくい。
なぜなら、このビルにはエレベーターがない。
外に自転車は置けないので、いや、置けたとしても置きたくないので、
部屋に持って入らなければならないが、ママチャリを担いで
3階まで階段を上がるのは荷が重い。
ましてや従業員は非力な女性だし。

というわけで、うちの事務所にやってきたのがこの子。

101214dahon01.jpg

人間、卑屈になる必要はないが、態度がデカイのもよくない。
そういう意味では、普段はこれくらい控えめな存在でいて、
イザという時には真ん中の折れた部分を伸ばして、
ハンドルを立てるだけですぐ乗れるこのタイプの自転車は、
きっと誰からも嫌われない。

101214dahon02.jpg

そしてこれがまたよく走る。
変速は7段も付いてるし。
事務所からギター教室くらいの距離だと抜群に威力を発揮する。
(仕事では使わんのかい!)

乗り終わったらハンドルを倒して真ん中で折ったら
また小さくなる。階段を持って上がるのもラクラク。

101214dahon03.jpg

折りたたみ式の小径車が、これほど使い勝手がいいとは。

柿 柿 柿

我が家には、金のなる木はないけれど、
そのかわりに柿のなる木があって、
毎年秋になると、柿の重みで枝が折れそうなくらい実をつける。

穫っても穫っても減らない。
柿は好きなので毎日食べてるけど減らない。
人にもたくさんあげたけどまだ減らない。
カラスやその他の鳥も食べに来てるけど、それでもまだまだある。

隣の客がよく柿食う客なら、いくらでも持って行きたいところだが、
あいにく隣の家にも柿の木がある。

柿は食べ過ぎると体を冷やすと言うけれど、いろいろ調べたら
風邪や二日酔いにいいらしいし、血管を強くしてくれたりするらしい。

それほど体にいいとしても、やっぱり多すぎ。

101210persimmon.jpg

事務所の真下のイタリアン

今日は年に一度の誕生日。
たまには何かおいしいものでも食べようかということで、
仕事帰りにヨメとイタリアンの店に行くことにした。
と言っても、事務所の1階にあるイタメシ屋さん。

ランチでは一度来たことがあるけど、ディナータイムは初めて。
店に入るなりヨメがひとこと。
「同じビルとは思えない・・・」

そう、とっても清楚で、とっても高級感があって、
どう見てもうちの事務所と同じ建物の中とは思えない。

101209italian01.jpg

シャンパンやワインだけ注文して、あとはおまかせのコースで
お願いしたら、次から次へとおいしい食材がおいしく料理されて
出てくる。

101209italian02.jpg

101209italian03.jpg

101209italian05.jpg

こんな洒落た店がこのビルの1階にあるなんて、
うちの事務所の中を見ても絶対に想像がつかない。
イタリアンに興味のある方、ぜひご一緒しましょう。

そんなこんなの満足三昧で、
なんか、いい誕生日になったなーと幸せな気分で時間を楽しんでいたら
最後に店長自らがロウソクの灯ったデザートを運んできてくれた。

101209italian04.jpg

ワオ。そんなサプライズでハートをキャッチされたら、
また来ようという気になっちゃうじゃないですか。

店長と顔見知りになっておいたらいい事があるかなーと思っていたけど、
こんなに早く、こんなにいい事があるなんて。

まずはグリーンカレーを

101207thai01.jpg

ここはタイ・ラオス料理の店。
最近になって事務所の近くで見つけた気になる店で、
今日の昼に思い切って行ってみた。

101207thai02.jpg

101207thai04.jpg

店に入ると、なんだか異空間な感じで、男の人がひとりでやっていた。
座席は、壁に向かっているカウンターが2列。
客も、男性がひとり、無言で食事をしているだけ。
東南アジア系の、見たこともないラベルのビールや焼酎がカウンターの
上に並んでいて、壁にも同じような雰囲気のポスターが何枚も貼ってある。
テレビが点いていて、画面はどうやらカラオケのようだ。
恋に落ちた男女が歩いているような映像に演奏が重なり、
画面の下には知らない文字で歌詞が流れている。

ランチは3種類あって、まず今日は手始めにと思って
グリーンカレーを注文。

「このお店、前からありました?」と聞くと、
店長らしき男性は「ごらんのとおり、古い店です」と答えた。

すごく辛いのかと思うと、そうでもない。適度な辛さ。
いろんな種類の野菜が入っていて、おいしい。
米も取り寄せているのか、長細くてパサパサした米。

「写真撮っていいですか?」
「いいですよ」
では、シャコーン!

101207thai03.jpg

この味、けっこう気に入っちゃったかも。
食べている途中から、次に来た時は違うのを食べてみようなどと
考えていたくらい。

食べている最中に、とってもきれいなOLさんが3人入ってきた。
こちらは常連さんのようで、今日は何を食べようかと相談している。
背中越しに話を聞いていると、どうも製薬会社に勤めているみたい。
来週はボーナスだとか言ってた。いいな~、ボーナスか・・・。

そうこうしているうちに、サラリーマン5人のグループが入ってきた。
なんだ、この店、流行ってるんだ。

カレーとサラダを食べ終わると、デザートとドリンクが出てきた。
いやホント、けっこう気に入っちゃったかも。

食べ終わってお金を払うと、
優しそうな目でこちらの顔を見て「また来てください」と言われた。
たぶん、また来ちゃうと思います。

義父のこと

義父とは、初めて会ってからまだ7年くらいしか経っていない。
一緒にゴルフの打ちっ放しに行ったこともあるし、
コースを回ったこともある。
家族で食事をしたこともあるし、二人で食事をしたこともあった。

時々ではあったけど、そんな過ごし方をした中で感じていたのは、
この人は仕事をしながらたくさんの事を学んでこられたんだなと
いうことと、とても友人を大切にする人だということ、
子供の前では口にしないが、子供のことをいつも心配していること。

義父とは不思議と話が合った。
しゃべっていて、同じ空気の中で会話をしているような感覚があった。
年齢や人間の出来に差はあれど、価値観は近いような気がしていた。
もし義理の親子ではなくて、もし同い年の男同士に生まれていたら、
仲のいい友達になっていたかもしれない・・・そんな空想を
してしまうくらい、似た波長を感じていた。
叶うなら、お義父さんとは、もっと早く知り合いたかった。


義父の入院は1カ月半に及んだ。
医師は毎日のようにレントゲンや CT を撮り、手術後の経過や、
他の臓器を観察しながら投薬の種類や量を変更して可能性を探った。
休みも取らずに回診し、家族ひとりひとりへ細かくていねいな
説明をし、これほど誠意と責任感を感じた医師は今までいなかった。
看護師は数値の記録、投薬の管理から洗髪、様々な苦痛や不快を
軽減させる作業まで、24時間ICUの中で世話をしてくれた。
またその心配りが細かかったり、いろんな処置をする態度が
気持ちよかったり、それを見ているだけでどれほど家族の気持ちが
癒されたかわからない。
つくづく、医師や看護師という仕事は尊い仕事だと思う。
家族は家族で誰かが毎日ベッドの横に付き
次に来る家族に引き継ぐために朝昼晩の様子をノートに書きとめ、
義父の耳元で声をかけ、手足をマッサージして刺激を与えた。
特にヨメは、仕事があろうとなかろうと、ほぼ毎日神戸の病院へ通った。
医師も看護師も家族も、回復させるためにベストを尽くしていた。
もちろん強い精神力で闘い続けたのは義父ではあったが。

入院当初は義父も普通の状態だったので、病室でテレビを見ながら
ドラフト会議や早慶戦の話をし、帰り際には笑いながら片手を上げて
くれた。やがて徐々に会話ができなくなり、
声をかけると目を開いたり手を強く握ったりしてくれていたが、
最後に小さな力で手を握り返してくれたのは、亡くなる1週間前だった。

夜の0時半に病院から電話が入り、神戸まで車をぶっ飛ばして
ICUに走り込んだが、間に合わなかった。
義父の手や腕をつかむと、まだ柔らかく温かかった。
長期戦になると思っていたし、回復を願っていたので
すぐには受け入れることができなかった。

「先生、悔しいです・・」と言った言葉は涙声になっていた。
「ほんまにええお父さんやったんですわ。間質性肺炎なんて病気、
どこでもらってきたんでしょうね」
そう言っても先生は、何も言えずただこちらの目を見るだけだった。

普段病室で眠っている顔を見ていても、弱って行く人間の顔には
見えなかったので、必ず回復すると信じていた。
義父とはまだとことん付き合った感がなかっただけに、
この別れは辛かった。





驚いたことに義父は死に支度をしていた。
心臓の手術を受けるに当たって、生きて手術室から出られないことも
考えていたのか。皮肉な事に心臓の手術は成功し、命を奪ったのは
別の病気だったが。

まず遺影の写真を自分で選んでいた。
そして、自分の死去を知らせるハガキの文章も考えてあった。
特に関係の濃い友人や同僚には、これまでの感謝の気持ちを綴った
別の手紙の文章を用意していた。

最後に、「愛する家族へ」と書かれた大きな封筒が出てきて、
自分の妻、息子、娘に宛てた3通の手紙、だけかと思っていたら
娘ムコである俺宛のも1通入っていた。

予想もしていなかったので、まるでもらえると思っていなかった人から
お年玉をもらった子供のような、そんなうれしさだった。

通夜も葬儀も終わったあと、ヨメの実家で封をあけて読んでみた。
原稿用紙2枚余りの手紙だった。
何が書いてあるんだろうと思いながら1枚目の途中まで読んだところで、
ひとつの文章から目が離れなくなった。

「今思えば、まことさんとはもう少し早く家族になりたかった」


それを読んだ途端、涙が出てきて止まらなくなった。
義父も自分と同じことを思ってくれていた。
なんで死んでしまったんだろう。
入院中は家族みんなで優しくしたつもりだったけど、
一番優しかったのはこの人だったんだ。
こんな死に支度なんて、笑い話になってほしかった。


息を引き取ってから10日が経ち、
まだ受け入れがたい事実ではあるし、
今でも時々、夢を見ているだけならいいのにと思う事もあるが、
少しは気持ちも落ち着いてきている。

義父は死んでしまったけど、これからは自分と義父の
新しい付き合いが始まるような気もしている。

| ホーム |


 BLOG TOP